<家族の食卓・全員集合ver.>


「みんなー、晩ご飯出来たわよー」

カイトが洗面所からダイニングルームへと戻って来た瞬間、見計らったかのようにメイコの声が響いた。
それを合図に、まずはレンが素早く携帯ゲーム機の電源を切り、
「手洗い一番乗り!」と廊下へ駆け出す。

「待ってよ、レン!」

慌てたのはお絵描きをしていたリンで、道具箱の中に画用紙をスケッチブックを放り込み、
その上に腕でざっとかき寄せたクレヨンを落とす。

「リンちゃん、ちゃんと片付けよう? 二人でやればすぐだから」

乱雑に投げ入れられた道具を丁寧に箱に収めるようミクが提案すれば、
リンは焦りながらも姉の言うことをきいた。

カイトは、子供達が三人三様のリアクションを見せるこの一時が好きだった。
家族で囲む食卓の楽しみは、「いただきます」の前から始まっているのだ。

クレヨンをきちんと片付け終えた妹二人が部屋を出て行くのを見送り、キッチンの中へと声をかける。

「何から運べばいい?」
「そうね、じゃあ先に食器とお箸出してて」

わかった、と返事をしながらも、カイトはカウンターに肘をついたまま動かない。
メイコが「なぁに」と訊ねるのに「なんでもないよ」と答え、ただニコニコと笑う。

『ご飯の前にはしっかり手洗い』という躾を叩き込まれた子供達は、
指や爪の間まできっちり洗いきるまで戻って来ない。
この時間は『皆のお姉ちゃん』を独り占めする貴重なチャンスなのだ。

メイコはふわふわと視線を泳がせた後、盛り付けを終えたサラダの器から
ミニトマトを摘み上げた。

「もう。カイトが一番、甘えたさんのオコサマだわ」
「なんだかんだ言いながら、甘やかしてくれるのがメイコだよね」

本来なら『つまみ食いは厳禁』。
だが自分の手は使っていないのでセーフということにしておこう。
ルールを決め、守らせる立場の年長二人だが、大人はズルいものと相場が決まっている。

締まりのない口を塞ぐように、白い指がトマトを放り込む。
特別扱いはいつだって心地良い。
駆け戻ってくる子供達の足音を背後に聞きながら、カイトは甘い特権を噛みしめた。

 
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