くれない一葉

人里離れた山奥で、誰にも知られぬそのうちに、紅葉が朱く染まり出す。
その中の未だ緑を保った一枚を手にとり、竜田はそっと溜息を漏らした。
この山の木々が全て染まり終える頃、交わされるであろう会話を思って。




---今年も見事に染まったものだね

顔馴染みの彼は、いつも何気ない風を装い訊ねてくる。
笹舟をすい、と操り、川面に枝を伸ばすこの楓の木の元へとやってくるのだ。

---また里の桜の君に贈るんだろう
---もし良ければ請け負うよ

そんなやりとりを繰り返して幾星霜。
何くれとなく気にかけてくれる彼の真意を、はぐらかすのもいつものこと。

---いつも頼んでばかりいるから
---今年は風の双子に頼もうかしら

考え込む素振りの竜田に、彼が困った様子で眉根を寄せて食い下がるのもいつものこと。

---あの子達には荷が重い
---弱い風では届かないし、強い風ではどこへ行くやら
---この川の流れに乗せて、ゆるゆる運ぶのが一番だ

もっともらしいその言葉に、あなたがそう言うならと頷いて、舞い落ちる紅葉を託す。

---お礼は何がいいかしら

そう言えば彼はにっこり笑って、常に同じ願いを繰り返すのだ。

---では、この山で一番赤い紅葉を。



木々に生い茂る葉は、言えなかった言葉達。
秘められた想いの分だけ、その葉は赤く姿を変える。
彼に渡す葉は、竜田が手ずから染めたもの。
千年の時を重ねた心のままに、一際深い色をした紅葉を手渡すには、ほんの少しの勇気がいる。

もし彼が、これは誰の心に染まった紅葉かと問うてきたなら。
この紅葉を、葉に籠められた想いを読み解く力を持った桜の君に渡したなら。

繰り返してきた那由他の日々が、終わりを迎えてしまうかも。

そんな日が来ることを恐れているのか。
それとも待ち望んでいるのか。

己でも判らぬまま押し当てた唇の向こう、木の葉がふわり、紅に染まる。

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