「世界で一番、だぁいすき」
可愛らしい上目遣いでそう言われ、リップサービスありがとうと返した。
「リップサービスってなに。嘘じゃないのに」
「君の『世界で一番』は僕じゃないでしょ」
そう、彼女はいつも憚ることなく口にする。
あたしが好きなのはね。世界で一番好きなのは。
---今はここにいない、あの人。
溜息を吐く。
どんなにこの娘を愛していても、『あの人』には敵わない。
「大好き、だけだったら嘘にはならないよ」
すると、僕の膝の上に腰掛けた彼女は、頬を膨らませて訴えてきた。
今この時、彼女が認識している世界に『あの人』はいない、と。
それはもう大袈裟な様子で。
こういう物の考え方は誰に似たんだろう。
『あの人』は単に買い物に行っているだけなのに。
要するに彼女は、今現在この空間には『あの人』がいないから、僕を繰り上げ当選させてくれている訳だ。
「君は残酷だね」
さらさらの茶色い髪を梳きながら僕は言う。
彼女はつんと横を向いた。
どうやら機嫌を損ねたようだ。
今日こうして二人きりでいるのは、少しでも距離を縮めたいという僕の願いを、『あの人』がそれとなく察してくれたおかげだというのに。
僕は『あの人』に勝てないどころか、送ってもらった塩を活かすことすらできないらしい。
彼女がふいに笑顔になった。
僕が頭を撫でてあげたからではない。
二人でいるリビングに届いた、玄関の扉を開ける音。
僕と彼女だけの世界に、『あの人』が帰ってきたのだ。
僕には決して向けてくれないとびきりの笑顔を浮かべて、するりと膝の上から降りる。
その手を掴まえて「このまま出迎えよう?」と提案したけれど、にべもなく断られた。
諦め悪く腕の中に閉じこめると、身を捩って嫌がる彼女。
再び溜息を吐く僕の背後で、「ただいま」と声がする。
「おかえりなさい!」
彼女は僕の手を振り切り、最愛のその人の胸に飛び込んだ。
---この場合、僕はどっちを羨ましがれば良いんだろうね?
「おかえり、めーちゃん」
そう言って僕は、ママにべったり甘えて離れない小さな天使ごと、僕達の『世界で一番大好きな人』を抱き締めた。