「……これを着るの? あたしが?」

我らが特撮制作サークルの主力、歌でも殺陣でもなんでもござれ、無敵の『メイコ中尉』が顔をひき攣らせている。
その手に一着の衣装を握って。
人さし指と親指で持ち上げられたその服は黒を基調としたワンピースだった。
襟とフリルと付属のエプロンは白で、袖とスカート部分はふんわりと膨らんだデザイン。そして「絶対領域は必須だよね☆」の一言で添えられたニーハイソックス。メイド服以外の何物でもない。

「是非着て頂けませんか、お姉様」
「メイコ先輩のために作ったんです」
「リン達すっごくがんばったんだよ!」

満面の笑みでメイコを囲むルカ、ミク、リン。
年下の女の子にたいしては滅法甘いメイコは、「着たくない」と突っぱねることができずにいる。
ミクとリンの指に捲かれた絆創膏を目の前にしては、尚更強くは出られないだろう。
まぁ、実際にあのメイド服を作ったのは被服科所属の隠れメイコ親衛隊達なのだが。
ちなみにミクとリンが「すっごくがんばった」と言っているのも全くの嘘ではない。基本デザインに型紙用の採寸に「見えそうで見えないギリギリライン」の計算にと、己の欲望のままに熱意を滾らせていたのは本当だ。
縫製にも一応は携わっていた。一針ごとに刺して傷だらけになった指を逆手にとって、大袈裟に手当を施し、メイコの良心を刺激する手段にしている事実は胸に秘めておいてやる。

「めーちゃん、着てよメイド服。絶対似合うよ!」

やに下がったバカイトの顔に右ストレートを叩き込み、そこで気力が尽きたらしい。
メイコはがっくりと肩を落とし、「わかったわよ、もう」と嘆息した。

卑怯の祭典・前夜祭


学園祭が近付き、オレ達のサークルでも模擬店を出すことになった。
何をやるかについては全会一致で「喫茶店」に決定。
意外と無難な提案に、「いいんじゃない?」と軽く頷き、運営事務局に許可を貰ってきたのがメイコの運の尽き。

「目玉にメイドさんを一人置こうよ」
「誰がいいかな」
「くじ引きで決めましょう」
「はいはーい、俺がくじ作りまーす」

などという流れるような連携プレイにはめられて、冒頭の会話に至る訳だ。
くじに細工がしてあったのは言うまでもない。
「ちゃんと! 厳正に! 作りなさいよ!」と、メイコの目がカイトの手元に向いている隙に、細工をしたのがオレなのも言うまでもない。

かくしてクラブハウスの一室においてミニスカメイドが誕生し、監督の構えたカメラの前で羞恥にうち震えている。
眉間に皺を寄せ、精一杯のしかつめらしい態度を守っているようだが、赤く染まった耳朶は隠しようがない。

「お姉様、接客役ですから笑ってくださいな」

容赦なく監督の指示が飛ぶ。即席メイドは理性と義務感を総動員させて応じる。

「軽く首を傾げて、上目遣いで視線をカメラへ。そして甘い声で『お帰りなさいませ』!」

これ絶対監督個人のシュミだろ。
もはや羞恥プレイレベルの演技指導に、メイコの処理能力は限界を超えているようで、美術科からパクってきた特大スケッチブックの白紙ページをさりげなく抱えてレフ板代わりにしているオレにも全く気付いていない。
あ、監督からGJサインが出た。
どうやら立ち位置に問題はないようだ。

「はいっ、じゃあ練習! メイドさんだから、『はい、あ〜ん♪』もやってくれるんだよね!」

冷凍庫から業務用サイズのアイスを取り出し、ディッシャーで特盛りにしながらリンが言う。
「リンちゃん、それ俺の……!」と情けない悲鳴をあげるカイトを無視して、ガラスの器ごとメイコに手渡す。
絆創膏だらけの指を強調するように、ぎゅっと握りながら。
これにはメイコも嫌とは言えず、二人はパイプ椅子に向かい合って座った。

「んっとね、最初は『どうぞお召し上がり下さい』って言うんだよ」
「ど、どうぞおめしあがりください」
「そんで『はい、あ〜ん』」
「あ、あ〜ん」
「んんっ、美味しい!」

にぱぁと笑うリンに、メイコも少し肩の力が抜けたようだ。「もう一口いかがですか、お嬢様」と、苦笑気味ながらもつきあっている。
それに「苦しゅうない!」と応えるリンはどうかと思うが。

「次! 私の番!」

すっかり満足した様子のリンとバトンタッチして、メイコの向かいにミクが座る。

「じゃあ……『どうぞお召し上がり下さい、お嬢様』」
「嫌でぇす。今は食べたくありません!」

にっこり笑って拒否されて、メイコは戸惑う様子を見せた。
オレも訳がわからない。自他共に認めるメイコ廃のミクが、『あ〜ん♪』の機会をふいにする筈がないのに。

「え、えっと、どうすればいいの? 他のメニューに替えますか?」
「違いますよ、メイコさん。『アイスを』食べたくないんじゃなくて、『今は』食べたくないんです。こういう時は『おねだり』です! お客に食べる気をおこさせるんですよ! さぁやってください! 私におねだり!」

あぁ瞳が輝いてんなぁ。

「”流石はミクちゃん、ただアイスを食べさせて貰うにとどまらず、そこに至る過程までも利用してターゲットに奉仕を強いるその手腕。リンも見習わなくては……”」
「ちょっとレン、読み上げないでよ!」
「お前こそ何メモってんだよ」
「今後のための参考資料なの」

今後ってなんだ、今後って。
一気に脱力しそうになり、慌てて体勢を立て直す。オレにはレフ板を堅持するという重大な任務があるのだ。
オレは二人に均等に光が当たるよう、微妙に場所を移動した。
ミクが後ろ手にサインを送ってくる。
こいつ見切ってやがる。

「いいなぁ、あれ」

指を銜えるなバカイト。
だがまぁ、そう呟きたくなる気分もわからなくはない。
オレ達の視線の先には、ミクに向かって必死に『おねだり』を続けるメイコの姿があった。

「どうか召し上がってください、お嬢様」
「んー、どうしよっかな〜?」
「そんなこと仰らないで、お願いです」
「もっとお願いしてくれたら考えようかな〜」
「お、お願いしますっ! 食べてください!」
「あぁんもう、食べてくださいなんて言われたら頂いちゃうしかないっ!」

駄目だこいつ、早くなんとかしないと。
さんざん焦らした末に口にしたアイスは余程甘かったのだろう。ミクの顔がメルトしている。あいつのファンには見せられねぇぞ、これ。

「ミクちゃん、チェンジ! 次は俺! 俺!」

繰り返させられた『おねだり』から解放されて、安堵の涙さえ浮かべるメイコにいろいろ直撃されたらしいカイトが、辛抱たまらんという具合で手を挙げた。
満足顔のミクとハイタッチで交代する猫背の姿からはwktk感が迸りまくっている。

---メイコから一瞬で笑みが消え、殺気が漂い始めたことに奴は気付いていない。

「……どうぞお召し上がりください」
「今は食欲がないなぁ。でもめーちゃんが『おねだり』してくれたら食べるかも!」

何かキレる音がした。
メイコがゆらりと立ち上がる。足を肩幅に開き、重心を低くして。

「そんなこと仰らず……」

異変を察知して、監督が身構えた。レンズを絞り、来るべき時に備えている。

「どうぞ召しやがれ!」

擬音で形容するなら「めりっ」。
言葉で表現するなら「肘鉄が頬骨を抉ったような音」。
勢いよく踏み込んだメイコは、慣性のままにスカートを靡かせ、カイトを床になぎ倒しつつ諸共に倒れ込む。
その瞬間を監督のカメラが捉えた。
ガッツポーズをとるリン。瞳を輝かせるミク。
監督が力強く親指を立てるのを確認し、オレはひとつ頷いた。

パンチラゲットだ、要するに。

ありがとうカイト。お前の死は無駄にしない。
ミニスカメイド姿のメイコに馬乗りされて、胸ぐらひっつかまれてガンガン揺すぶられるその姿を羨ましがる輩もいることだろう。
だから心置きなく成仏しろよ。

奴の冥福を祈りつつ、オレはスケッチブックを閉じた。
これからメイコのメイド姿をVTRでチェックし、改善点を指摘するという崇高な使命を果たさなければならないので。
ルカ、ミク、リンもめいめいに移動の準備を始めている。
メイコ本人は別件で忙しそうなので、そっとしておいた方が良さそうだ。

さぁて、視聴覚室は空いてるかな。

HOMETEXT
 
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