チャットお題「二人でお風呂」を、今度は和風年長組ver.でどうぞ。

お題:自宅風呂


控えめな水音と、髪の間を滑る指の感触が心地よい。
カイトは湯船に浸かり、瞳を閉じて、贅沢な時間を味わっていた。

「はい、洗い終わったわよ」

細い指が水気を切るように髪を撫でつける。
手桶を置く音に促されるように瞼を開けば、間近に気遣わしげな様子のメイコの顔があった。
その視線の向かう先には、檜造りの浴槽の縁に置かれたカイトの右腕。
まだ気にしているのだな、と苦笑する。

踏み台から足を滑らせたメイコを庇い、カイトが利き腕を痛めたのは一週間ほど前のことだった。
メイコが倒れ込んだ先には棚があり、その棚と彼女の頭との間に、咄嗟に腕を差し入れられたのは上出来と言っても良いだろう。
強かにぶつけた右手首は、カイトにしてみれば自分自身の不覚に他ならない。
だが、メイコはそう思ってくれなかった。
泣きそうな顔で謝り、怪我が癒えるまで身の回りの世話をすると申し出た彼女。
以来、宣言通りの下にも置かない扱いが続いている。

「そんな顔をしなくても。もう痛まなくなったよ」

ほら、と手首を振って見せると、メイコは慌ててカイトの手を握り、動かすのを止めさせた。

「駄目よ。カイトはすぐ無理をするんだから」
「大丈夫だと言ってるのに」
「貴方の大丈夫は信用できないのよ」

むぅ、と眉間に皺を寄せるメイコは、本人にしてみれば厳しい態度をとっているつもりなのだろう。
だが、カイトの腕を大事そうに支えて矯めつ眇めつ検分している様は、可愛らしいとしか言いようがない。

「何を笑ってるの」

緩んだ口元を咎められ、カイトは名案を思いついた。
このままでは、どれだけ心配ないと告げようとも、彼女はカイトの怪我を案じ続けるだろう。
平気だという事実をきちんと教える必要がある。

「メイコ」
「なに……きゃあ!?」

浴槽の傍に控えるメイコの背中を右腕で支え、膝を左手で攫い、そうして抱え上げた。
浮遊感に悲鳴をあげる彼女の身を、湯船へと静かに降ろす。
さぁぁ、と湯が溢れる音。
あっけにとられた顔の前で、「ほら、平気だったろう」と、もう一度手を掲げて見せた。

「……もう。驚くじゃない」
「信用した?」

顔を覗き込めば、彼女は濡れてしまった襦袢の袖あたりに視線を彷徨わせつつ、こくりと頷いた。
実際に怪我が治っていなかった場合、抱え上げたメイコを床に落としてしまう可能性もある。
快復を示す為とは言え、彼女自身の身を危険に晒すような真似をカイトは絶対にしない。
どうやらその点だけは信用して貰えているらしい。

「怪我は本当に良くなったから、メイコももう気に病まなくていい」

改めて告げると、彼女は今度こそカイトの目を見て頷く。
「庇ってくれてありがとう」という呟きはごくささやかに。
湯けむりに柔らかく反響したその声は、鼓膜を快く擽った。
「どういたしまして」と返事をすると、メイコは安心したように、腕の中に大人しく収まる。

「……あのね、すごく申し訳ないと思ったし、心配もしたんだけれど」
「うん?」
「実は少しだけ楽しかったの。ここ何日か、四六時中一緒にいたでしょう」

こんなの、カイトがこの家に来た時以来じゃない?
首を傾げるメイコに、カイトは笑ってかぶりを振った。

「あの頃だって、ここまでべったりじゃなかったよ」
「そうかしら」
「そうだよ。食事を口に運んで貰ったりはしなかったし、風呂にも一人で入ってた」

怪我をして以来、本当に至れり尽くせりだったのだ。
普段は共に暮らしているだけで何も不足には感じないが、明日からは少し物足りなく感じるかもしれない。
手を伸ばせば触れられる範囲内で彼女を独占できる時間は、カイトにとっても幸福だった。
未練がないと言えば嘘になる。

「またこんな風にして、一緒にお風呂に入りましょうか」

内心を読み取ったかのようにそう言われ、笑みが零れるのを止められない。
了承する代わりに軽く抱き寄せると、甘い匂いが湯気に混じった。
庭いじりが趣味のメイコは、いつも花の香りがする。
湿度のせいか、距離のせいか。
常になくはっきりとしたそれを辿るように、カイトは彼女の首筋に顔を埋める。

「今度は僕が髪を洗ってあげるよ」

緩く絡めた腕の中で、愛しい花が微笑って揺れた。

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無自覚最強。

【追記】
みおざきさんに美麗なイラストを描いて頂きました! こちらからどうぞ。
……透けてるー!!!Σ(゚□゚;)
全ては私の無知のなせる業なのです。襦袢があんなに透けるものとは……。 ゆ、浴衣にしておけば良かったかな!

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