ヒーローの舞台裏(後編)


その後は別に特筆するようなこともない。
ふん縛ったダミ声野郎もといプロデューサー氏に部屋の隅でゆっくりおくつろぎ頂きつつ、散らかしてしまった箇所を片づけて帰っただけだ。
学校で習った通り「来た時よりも綺麗に」を心がけ、ソファやテーブルの位置を直し、いじった監視装置を元に戻し、プロデューサー氏のカツラをとって頭皮の状態を入念に調べて差し上げた。
リンなどは嬉々として写真撮影まで請け負っていた程だ。
氏は感極まって泣いていた。こちらの真心が通じたらしい。
喜びを誰かに伝えたくなったのだろうか、目を離している隙にどこかへ電話をかけようとしていたが、モジュラージャックは引き抜かれたまま。
申し訳ないことをした。
せめてものお詫びにと、オレはカツラを七三にセットしてお返しした。
例のちんぴら風アシスタント私物のポマードでガッチリ固めて。
丁寧な仕上がりに、彼はやはり涙を流していた。

心を込めたサービスの代価として、『レオネス』への特別出演及び撮影所の使用(一部事後承諾になったのはしょうがない)を快諾して貰い、万事解決。
ただし、不幸な事故により割れてしまった窓ガラスだけは直しようがなかった。

『レオネス』代表者であるメイコは、今日はその件で例の会社に出向いている。
今頃は「昨日は当方の 撮 影 にご協力頂きありがとうございました。熱意のあまり御社施設に損害を与えてしまい申し訳ありません。 未 成 年 を 誘  拐 し、 拉 致 監 禁 を行う敵役の所へ突入する場合、あの位のインパクトがどうしても必要になりまして」という詫び口上を滔々と述べていることだ ろう。

なんで発言内容を知っているかというと、この部室でリハーサルを行っているメイコの姿を見たからだ。
ちなみに演出はカイト。「申し訳ありませんでしたの所で少し目を伏せて、5秒溜めて。……そうそれ! めーちゃん、その表情最高!」などと演技指導を入れる男を見て、オレは一発殴ってやろうかと思った(そして実際は3発殴った)。

現在、午後6時半。出かけたメイコの帰りを待ちつつ、オレとカイト(カップアイス3個目)は出来上がった『レオネス』のフィルムチェックをしている。
時間内に収まっているか、ストーリーの繋がりはおかしくないか、加工や修正のし忘れはないか、音の合成に問題はないか。
チェックリストを片手に、20分の動画を繰り返し巻き戻しては再生するのだ。
すでに3回は見返している。
大まかな部分に問題はない。細部にも目を光らせなければならないのだが、今のオレの集中力ではどこまで拾えるか。
とにかく眠い。
暖房の効いた部屋が、ただでさえぼやけた意識を更に不明瞭なものにする。

あの後、大学に戻ったオレ達はスタッフを再召集し、ルカが練り直した脚本に従って屋内場面を撮影した。
一旦解散したのが夜中。
そして翌早朝、改めて「街中で襲撃される私服のミク隊員とリン隊員」「さらわれたミクを探して疾走するレン隊員」を撮った。
圧倒的に睡眠が不足したまま登校するハメになったオレは、授業中に居眠りしたせいで担任に叱られた。        
ミクはぬけぬけと「ちょっと貧血で……」とほざき、保健室で寝たらしい。
オレは真面目に授業に出て、ミクは堂々とサボったのにこの差は何だ。なんか納得いかない(放課後になってそんな話をしたら、双子の姉は「リンは居眠りしな かったよ!」と胸を張っていた。当たり前だ。だって授業フケて屋上で爆睡することを「居眠り」とは言わない)。
まぁそんな訳で眠い。ひたすら眠い。
冷えたコーラの炭酸の刺激が何の役にも立たない程だ。

「レン、眠いなら寝てていいよ?」

大体の所はチェックできたし、とほわほわ顔で。
こいつとメイコはオレ達が帰宅した後も徹夜で作業していた筈だが、特に眠そうな様子はない。
授業の合間に仮眠でもとったか、単に中学生と大学生の差なのか。
なんにせよ余裕ヅラが気に食わない。
それに、まだ確認していないことがある。
構内を行き来する学生達の喧噪を遠くに聞きながら、オレは口を開いた。

「なぁ。マジで『アレ』の正体、お前なわけ」
「俺なんです。皆には内緒だよ」

いとも簡単に答えが返ってきた。
バインダーから外したチェックリストを清書しながら、カイトはいつもと変わらない笑顔を見せている。
いつでも笑顔。ある意味、ポーカーフェィスだ。

「オレの記憶が間違ってなきゃ、『アイツ』は飛ぶわ跳ねるわ飛び降りるわバク宙するわ、めーこが若手スタントマンを疑うくらいの立ち回りっぷりだったよな?」
「スタントマンを疑う方向に会話を誘導した事実はミトメマス」
「『アイツ』は背筋もピンと伸びてて、歩き方も堂々としてて!」
「いつも猫背にしてるの、結構しんどいよー。肩凝るし」
「前にめーこを姫抱っこしてた!」
「あれは役得だったなぁ」

笑顔が蕩けきっている。
怪我をした設定の『メイコ中尉』を抱え上げた時もこんな表情をしていたのなら、こいつに仮面を被らせたのは確かに正解だ。
顔面に蹴りを入れて永遠に黙らせたくなったが、引導を渡すには早い。
『司令官』としても『仮面の男』としても、まだまだ出番があるのだ。大変残念なことに。

「なんでそんな秘密にしてんの」

ぐったりしつつ、オレは質問を重ねた。

「現場に緊張感を、とか言うのナシな」
「んー、最初は監督に一人二役やってくれないかって言われてさ。単に役者が足りなかったって理由なんだけど。それで俺は、めーちゃんを助ける役柄で、なおかつ正体を明かさなくても良いならって条件で引き受けたんだ」
「意味不明な条件だなオイ」
「端から見ればそうかもね。でも俺には意味があるんだよ」

なんたって、おおっぴらにめーちゃんを守れる!
力説するのは結構だが、輝く瞳でアイスのスプーンを握りしめるのはやめろ。

「わっかんねー。守りたいなら守りゃ良いだろ。『レオネス』とか関係なしにさ」
「無理だよ。めーちゃんは守られたり甘やかされたりしたら引くタイプだから。頼りがいのある人間には頼らない。責任は全部自分が負う。今回の件だってそう」
「今回? え、だってミクはオレ達で助けに行ったじゃんか。めーこ一人じゃなくて」
「行くには行ったさ。けど思い出してごらん、行きも帰りも、門を通過する時はめーちゃん一人しか乗ってない風を装っただろ」
「あれは油断させるためだって」

言いかけたオレを、カイトは首を振る動作で遮った。

「防犯カメラも監視位置を調整したし、オレ達が映っている部分はビデオテープごと回収。掃除は特に念入りにやったよね。例の特製クラッカーの始末とか。君が触った電話線やポマードの容器、めーちゃんが除光液で拭いてたの気づいてた?」

全く気づかなかった。
絶句したオレの頭を、大きな手がぽんぽんと軽く叩く。

「加えて、昨日の時点ではめーちゃんだけが二十歳。オレ達は未成年。とにかくお咎めがないように、あっても自分以外に累が及ばないように、いくつも予防線を張って、その上での救出劇だったわけ」

オレは思わず、テレビ画面に目をやった。
そこには活き活きと動き回るメイコの姿がある。
オレやリンは、悪いのはあっちだからと、何の気兼ねも無く暴れたのに。
メイコも同じノリだと思ってたのに。

「もしあのプロデューサーがこっちを訴えるような手段に出たら、このフィルムはお蔵入り。なんせ証拠がばっちり映ってるからね」

その言葉に、弾かれたようにカイトの顔を見る。
お蔵入りの可能性よりも、訴えるという言葉が心臓に突き刺さった。
訴えられるというなら、それはメイコ一人が、ということだ。

「そんな顔しなくても大丈夫だよ。そうさせないためにプロデューサーの弱みも握ったし。めーちゃんもお詫びの名目で釘を刺しに行ってるしね」

さっきから一言も喋れないオレに、「この辺の事情には気づいてないフリしてね」とカイトは言った。
君達に余計な心配かけないのがめーちゃんの望みだから、と。
なら、あえてオレに話したカイトの望みは。
おおっぴらにメイコを守れると嬉しそうにしていた理由がわかった気がした。

「めーこは守る側でいたいんだ……」
「そう。しかも、守ってる人間にそれを気づかれるのもイヤなんだよ。めーちゃん自身、守られたり庇われたりが苦手だから」

だからね。
静かな声が真っ直ぐに言葉を紡ぐ。

「めーちゃんが人知れず誰かを守ってるなら、俺はそんなめーちゃんを守ってあげたいんだ。作り話の中でもいいからさ」

メイコ自身がやっているように、誰が守っているのか分からないような形で、か。
オレは詰めていた息を吐き出した。
なんて面倒くさい奴らだ。

「それで変声器越しでも喋れないワケか」
「そ。至近距離なら地声が漏れるし、聞かれたらすぐバレるしね」
「つか、何で正体隠すんだ?」
「いや〜、普段は情けなくて頼りないカイト君やってなきゃいけないから」

そうすれば世話を焼いて貰ったり、命令されて体よく使われるって関わり方ができるから。

「『仮面の男』が俺だってバレたら、自動的に普段の演技もバレちゃうんだよね。そしたらめーちゃん引くよ。全力で引く」
「そこまで徹底しといて、何でオレにバラすよお前」

胡乱げな視線を向けると、男は嬉しそうにこちらへ向き直った。

「一つは協力を仰ぎたい。そろそろ隠しきれなくなりそうでさ。ついては、アリバイ作りを手伝って欲しいんだ」

要は、メイコと『仮面の男』が共演しているのと同じ時間に、オレと『司令官』も撮影していたという状況を作る、ということだ。
監督も既に了承済みらしい。

「なんつーか姑息だな。じゃあ何だよ、撮影してることになってる時間帯は、誰にも見つからないようにしてろってか」
「そういうこと。悪いけど、俺の部屋でゲームでもしてるか、じゃなきゃ遠くに出掛けてて。資金はちゃんと出すから」

ポケットマネーだから、お手柔らかに頼むね〜。
おちゃらけた態度は、すっかり「普段の」カイトだった。
雰囲気を変えるために。相手が気負わないで済むように。
こいつもメイコと一緒なのかもしれないと、オレは思った。
放置していたコーラのペットボトルに手を伸ばす。
眠気醒ましのためじゃない。
「普段通り」にしてやろうじゃないかと、そう考えたからだ。子供なりの気遣いだ。

「徹底してんなぁ。別にいいけどさ。それで?」
「うん?」
「ごまかすなよ。一つは協力を、つったろ。他には何があるって?」

青い目が細められる。なんだ、この企み顔。

「もう一つはねぇ、……ケンセイ」

けんせい? 権勢? 牽制、か?
上手く漢字変換できずに戸惑うオレに、カイトはニヤリと笑ってみせた。

「なんせ、君は去年の文化祭で作った映画のヒロインに憧れて、『不毛な自主制作特撮』に参加しちゃうような少年ですから? ねぇ、『魔法少女クリーミイ・メイ』ファンの鏡音レン君」

ぶはぁ、とコーラを吐いた。
盛大に噎せながら、なんとか声を絞り出す。

「おまっ、それ、何……!」
「何で知ってるかって? リンちゃん情報だよ」
「じゃなくて! オレは別に、あんなっ」
「あんな、青少年にスリーパーホールド仕掛けて、相手の後頭部を自分の胸に密着させるような女の子には興味ない?」

そんな訳ないよねぇ?

「笑顔で根に持ってんじゃねーよ……!」

息も絶え絶えのオレの背中をさすりながら、カイトは冗談だよと笑い声をあげた。
信用できるか。
こいつの笑顔には裏があると思い知ったばかりだ。

「本当はね、リンちゃんとミクちゃんの牽制役になって欲しいんだ。めーちゃんはあの二人にも協力を頼むだろうし」

もしそうなれば、オレは必然的にリン達の行動に付き合うことになる。
その段階で、二人をミスリードしろというわけだ。

「わかった。わかりました。協力するよ。すりゃいーんだろ」

げっそりしながらオレ。嬉しいなぁありがとう助かるよと朗らかにカイト。
もう何が演技で何が本性だか分からない。
溜息を吐いたオレに、カイトは口の前で人差し指を立ててみせた。
話はここまで。
合図の意味はすぐに理解できた。
リノリウムの廊下を叩く靴音が、キビキビとしたリズムを刻みつつ近づく。
メイコが戻って来たのだ。

「ただいま〜、なんとか丸く収めて来たわよ」

革製のブリーフケースに加え、何か大きな紙袋を提げてメイコは部屋に入ってきた。
丸く収めた。つまり『レオネス』はひとまず安泰ということだ。
気取られないようにホッと息を吐き、軽口を叩く。
いつも通り。メイコの思惑など全く知らない風に。

「丸め込んだの間違いだろ」
「少年、何か言った?」
「イイエナニモ」
「よろしい」

ふふんと気取って頷いたメイコは、カイトに視線を移した。

「フィルムの出来映えはどう?」
「上々だよ。窓を膝蹴りで割って突入する所なんて特に。例のノートは、電気ショックのロッドに修正されてた」
「今回は技術班と特殊演出班に無理させちゃったわね。何か奢らなきゃ」
「けど皆、素材が良いって目を輝かせてたね」
「そりゃそーよ。取り扱い資格とロケ地確保の問題で手を出せなかった爆破シーン撮れたでしょ、リアル爆発音も録れたでしょ。
それに、防犯カメラに映った独特のアングル・色調の絵! あれは加工マニアと編集の血が騒ぐわよ」

ウキウキと指を折って数え上げるメイコは、それなりの分別でオレ達を慮ってくれている人間にはとても見えない。

「防犯カメラの録画テープ交換は、あちらさんには突っ込まれなかった?」
「何か言いたそうにしてたけど、白を切り通したわ。だってあたし達が交換したって証拠はないし、何が映ってるか、あっちは知らないんだもの」
「もし自分の所の社員が女の子に不埒な真似をしてる場面が入ってたら、とか考えたんだろうね」
「そんなトコでしょうね。あたしが穏便に済ます方向で話を持ちかけた以上、あっちも藪蛇になるのは避ける筈。平気よ」

スーツ姿のメイコは胸を張り、オレに向かってウインクした。
そのメイコをひたと見据えてカイトが口を開く。

「でもめーちゃん、もうこれっきりだよ。やるとしても、今度は一蓮托生だからね。一方的に庇おうったって、そうはいかない」

普段通りの柔らかい口調で。
発言の意味はよく分からないが、さっきまでカイトの本音を聞かされていたオレは、背筋に緊張が走るのを感じた。

「何のことかしら」
「はぐらかさないように。今日からは俺もめーちゃんと同じ立場だよ。だから、警察沙汰になりかねないような無茶は駄目。だからって俺を除け者にするのも無し」
「わかってるわよ、本日誕生日のカイト君。言われなくても、あんたは『レオネス』責任者の一人なんだから、除け者にしたりしないわ。めでたく成人を迎えたことだしね」
「え、お前今日が誕生日なの」

初めて知ったオレに、そうなのよとメイコが答える。
その手に提げていた紙袋からケーキの箱を取り出しながら。
同時に、部室のドアが勢い良く開いて昨日の共犯者達が入って来た。

「メイコ中尉! 食料と資材を調達して参りました!」

例にもよって例のごとく、敬礼とともにリンが報告する。
左手にはこれまた紙袋。ミクとルカも、それぞれ大きな袋を抱えていた。

「ミク隊員、リン隊員、それに監督もご苦労様。さぁ、名実ともに責任者になったカイト司令官をお祝いしましょ」

はい、主役は真ん中!
メイコはカイトを立ち上がらせ、背中を押して部屋の中央へと追い立てた。
リンがひっくり返す勢いで袋から出した紙コップを持たせ、ミクがジュースを注ぎ、ルカがとんがり帽子を被せる。
三人が抱えて来た大きな袋から、ヒゲメガネやらカツラやらが覗いているのを見て、オレは内心で合掌した。
祝われてるのか遊ばれてるのか。多分、両方だ。

「一方的に庇われるのは嫌だって気持ちは、あたしも同感だわ。例え役柄の上でもね」

オレにバナナオレを渡しながら、メイコが話しかける。
庇うことばかり考えているのはどっちだと言いたかったが、カイトに口止めされているのを思い出した。
そもそも、メイコは庇っていること自体を気付かせないように行動しているわけだし。

「あー、あの件ね」

『仮面の男』を見ないように気をつけながら、適当に応じるオレ。
後ろめたさを感じないわけではないが、事情が事情だ。
正体がバレたらメイコが距離を置くと言っていたカイト。
こんな無茶する人間から、フォローする存在を遠ざけるのは好ましくない。
ここはカイトの肩を持つべきだろう。

「えと、ほら、オレも手伝うから」

流石に目を見ることはできず、手元のコップに視線を落としながら請け負った。
メイコがふふ、と笑う気配がする。

「頼むわよ。動かぬ証拠を掴んで、目の前に突き付けてやるんだから」
「…………え?」

その言葉に引っかかりを感じ、オレは顔を上げた。
メイコの視線は、モールでぐるぐる巻きにされている最中のカイトに向けられている。
正体を暴く、でもなく。しっぽを掴む、でもなく。
証拠を突き付ける、とメイコは言った。

(それって、証拠を突き付けるべき相手が誰か分かってる人間の台詞じゃねーか)

呆然とするオレには気付かず、メイコはカイトの隣へ歩み寄る。
めーちゃんこれどうしよう解けないよと情けない声を上げる男を、片腕が出てれば十分でしょとはねつけながら。
それはもう、全くもって普段通りの二人だった。

「それでは、カイトの誕生日を祝して! 乾杯!」
「皆ありがと〜」

クラッカーが打ち鳴らされる。
その音に紛れて、オレは思わず呟いた。

「……バレてんじゃね?」

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