ヒーローの舞台裏(中編)


そもそも特撮用の撮影所なんて空き地と廃屋がくっついたような土地だ。
管理している会社の中でも、そう重要な場所として認識されていない。
なので、正門脇の守衛も大変に平和ボケしていた。
ルカがデザインした「お姉様用新コスチューム♪」着用のメイコにあっさり騙されてくれるくらいには。

「いや〜、交渉成立おめでとう。しかし打ち合わせに撮影衣装で来るなんてすごいねぇ」
「ええ、少しでも気合いを汲んで頂こうと思いまして。うちのスタッフが一人、先に来ている筈なんですが」
「あ、あの緑髪の可愛い娘ね。来てる来てる」
「中にはプロデューサーさんの他にどなたかいらっしゃいます?」
「あとはアシスタントだけだよ。今日は撮影が無い筈なのにどうしたのかと思ったら、君達の件だったんだね」

鼻の下が伸びきっているのが丸わかりの声が、裏付けのための情報を次々プレゼントしてくれる。
バックミラー越しに見ると、メイコは運転席で微笑み麗しく科を作っていた。
わざとらしく『ジャスティス』印のジャンパー(見学時に貰ったらしい)を羽織っているが、その下に着ている真っ赤なツーピース(この衣装に着替えたメイコ を見た時は仰天した。そりゃあ街中での撮影を断るわけだ。黒いロング手袋とストッキング付きとは言え、屋外では寒過ぎる。そして目立ち過ぎる)からは、惜 しげもなく胸の谷間と太腿が覗いていることだろう。
ことだろう、と断定していないのは、今オレ達が居るのがワゴンの荷台だからだ(よってミラーに映る首から上と、窓枠に頬杖をついている腕しか見えない。残念な訳ではない。断じて、ない)。
助手席も後部座席も空。窓は遮光フィルムとカーテンで二重に目隠しされている。
相手を油断させやすいよう、車に乗っているのはメイコ一人と見せかける作戦なのだ。
とにかく潜入は成功した。
廃工場を模した撮影所の裏手に車を停めたが、別に誰か出てくることもない。

「どうやらプロモか何かを鑑賞してるみたいね。聞こえてくる音がそんな感じだわ」

アイドル部門にいた過去の栄光でも引っ張り出して見せてるんでしょうけど。ヘッドセットを調整しながらメイコが言う。助手席にはメイコの携帯と、その前に置かれた音声の送受信機。
後部座席へ移動したオレとリン、荷台で身を起こしたカイトとルカも、送受信機が拾って届けるその音を確認して頷きあった。
この技術班謹製のヘッドセットは、右が音声の受信装置、左がインカム付きトランシーバーになっている。
歌が重要な役割を果たす『レオネス』において、役者の動きと音楽を合わせやすくするために作られた物なのだが、こんな所で役に立つとは思わなかった。

「作戦は道すがら話した通り。行動は迅速に。行くわよ、皆!」




何度も見学と交渉に訪れ、設備や機材の確認を行っただけのことはある。
黒いノート片手にメイコが説明してくれた見取り図は素晴らしく正確だった。
暗くなり始めた空を背景に、撮影所2階の角部屋だけ皓々と点る照明。メイコによると、そこは応接室らしい。
ミクがいるのはあそこで間違いなさそうだ。
まずは1階の監視モニター室に忍び込む。
館内放送用のマイクを探し当てると、それを持ってメイコ・リン・ルカの3人は一旦屋外へ出た。
ここからは別行動。
この建物の1階部分は、2階部分に比べて倍の面積がある。横から見たら「h」の形をしていて、前面にせり出した屋根は絶好の足場代わり。
メイコ達はそこから応接室へ飛び込む計画になっているのだ。
オレとカイトは屋内経路担当。今は二人で監視装置に細工している……のだが。

「このチーム編成、やっぱマズい気がするんだけど。あっちは揃いも揃って暴走癖のあるヤツばっかじゃん」

持つように言われたマイクを敬礼と共に受け取ったお調子者のリン。
業務用カメラ『ツナ』を細腕で軽々と担いだルカ。
メイコについては言わずもがなだ。
主要メンバーの中では常識人を自認するオレも、足引っ張り役(結果的にブレーキになる)のカイトもいない状態で、悪ノリしてなきゃいいのだが。

「大丈夫だよ。ミクちゃんを助けるって目的があるし、リンちゃんが一緒なんだからそうそう無茶もできないし。めーちゃんは歌と創作活動に情熱を傾けすぎてるだけで、基本的には芸術を愛する平和的な女の子だから」

部室での真剣な表情はどこへやら、普段通りののほほんとした態度でカイトは言う。
壁面に並んだ監視カメラの調整はきちんとやっているようだが、身に纏う空気は今ひとつ緊張感を欠いている。

「いっつも思うんだけどさ、お前、めーこに対する認識が甘いだろ。つーかお前もめーこに甘え過ぎ」
「そうかなぁ?」
「そうだよ、どう見ても。もっとしゃっきりしろよ。他校の連中に茶ぁぶっかけるくらいなら笑い話だけどな。今日この場面でドジな真似してみろ、顔の造作変わるまでボコるぞ、マジで」

なんせこの男は何もない所で転ぶのが得意技なのだ。
『レオネス』の制作に協力を仰げそうな他校生数名をメイコが連れて来たのは半月前のこと。こいつはその客の前ですっ転び、頭上から熱々のお茶を浴びせた。
そのせいで共同制作の話は流れてしまったらしい。
メイコは「カイトはきつく叱っておいた」と言っていたが、オレからすれば絞り方が足りない。全然足りない。
苛立ちに任せて睨み付けたが、カイトはどこ吹く風で「気をつけるよ」と笑うのみ。

「お前の気をつけるは当てにならない。いつもめーこに面倒見て貰ってばかりじゃねぇか」

以前、憚ることなく言っていた。
この大学を選んだのはめーちゃんが志望してたから。『レオネス』参加はめーちゃんを手伝うため。
今日のことについても同様だ。
大学を出発する前に「警察に連絡する?」というマトモな意見を出した青いのは、「事件性ナシって判断されて動いちゃ貰えないわよ」の一言にあっさり引き下がった。
めーちゃんがそう言うなら、と言って。
なんでもかんでもめーちゃんめーちゃん。
こいつには主体性という物がないのだろうかと、オレは常々呆れている。

「なんでそんな、めーちゃんが絶対! なんだよお前」
「……ある所に男の子と女の子がいて、同じ幼稚園に通ってたと思ってよ」

今度は配電盤を弄りながら、カイトが喋り始めた。

「女の子の夢はアイドルになること。男の子は、女の子が歌を歌ったり、テレビアニメのヒロインの真似をしたりするのを見るのが好きだった。ある時、女の子 は学芸会のヒロインに抜擢されてね。すごく張り切った。毎日練習してた。でも、同級生の一人が泣いてゴネたんだ。あたしが主役じゃなきゃイヤだ、お姫さま じゃなきゃイヤだって」

思い出を語るに相応しい、だが状況には不似合いな柔らかい声。
オレにはその女の子が誰なのか分かった。きらきら輝く紅茶色の瞳が脳裏をよぎる。

「女の子はあっさり役を譲った。ゴネた子は喜んだし、先生達もホッとしてた」

でもね、男の子は見てしまったんだよ。

「白樺の木に隠れて泣く女の子の姿をね。その時、思ったんだ。あの子が何か願うことがあれば、絶対にそれを叶えようって」

どこか誇らしげなカイト。わけもなく苛立った。
なんだその「ちょっといい話」。そんなのがへらへら尻に敷かれてる理由になるのかよ。
納得できないオレは、揶揄するような口調で食い下がる。

「それで、特撮作りに協力したり、後輩奪還に乗り込んだり、延々と尽くしてるワケ?」
「そうそう。仮面被ってマント着込んで、ナイトを演じたりしてる訳ですよ」
「……は?」

まぬけな声を出したオレを余所に、カイトは左のヘッドセットを押さえた。
そこにはボタンがついていて、押すと音声が発信されるようになっている。
「セット完了。マイクの音量も最大にしたよ」という声が、肉声と重なって耳に届いた。
トランシーバーの向こうで、メイコが「了解、こっちも準備できたわ」と応える。

「行こう!」
「ちょ、待てよ!」

突拍子もない発言に虚を突かれていたオレは、慌てて白いコートの背中を追う。
メイコの指示通り「監視カメラに確実に映るよう」廊下のど真ん中を走り抜けた後、階段を駆け上がって2階へ。
壁際に身を寄せて「着いたよ。応接室近くの階段部分」と連絡しているカイトにやっと追いついた(コンパスの差は仕方ないだろ!)

「なぁ、さっきのどういう……」

意味だよと言い切る暇もなく、爆発音が轟いた。
館内放送用のスピーカーから飛び出した音がビリビリ鼓膜を揺さぶる。
ヘッドセットが耳栓の役割をしていなければ耳鳴りを起こしていただろう。
続けて、さっきよりは多少ボリュームを絞った「どーん」が2回。

「……これって」
「めーちゃんが景気良く発破かけてるみたいだね」

にこにこしながらカイト。

「どこの誰が芸術を愛してて平和的だって!?」
「芸術は爆発だよ」
「てゆーかなんで爆発!? 注意を惹き付けるとは聞いたけど!」
「大丈夫、音と煙が派手に出るだけ。クラッカーみたいな物だから」
「派手過ぎだろ!? 何考えてんだよあの人!」
「ちなみに作ったの俺」
「お前も何してんの!」
「……レン!」

鋭い声。視線はオレの背後。
振り返ると、人相の悪い男が応接室から出てきたところだった。メイコが言っていた「ちんぴら風の腰巾着」だろう。
そいつはすぐにオレに気付き、こちらに駆け寄ってくる。

「おいガキ、ここで何してんだ!」

(ヤベっ……!)

オレは慌てて男に向き直った。
騒ぎを起こしてこいつを確認に行かせ、応接室をダミ声野郎とミクの二人にする。一応は予定通りだ。
中学生と大人じゃ歩が悪いが、標的の一人を逃がす訳にはいかない。捕まえるか、せめて足止めしなくては。
腹を括ったオレの襟首にかかりそうになった手を、横から伸びた手が掴んで捻りあげる。カイトだ。
がら空きになった腹部に拳の一撃。男は失神して床に伸びた。

(な、え、何だ今の)

ありえない手際の良さが頭を混乱させる。
呆然とするオレに、インカムの位置を直したカイトがニッと笑った。

「めーちゃん、アシスタントは転んで気絶しちゃったよ」

返答は応接室のドアの向こうで響いたガラスの割れる音。
「突入成功!」と覇気のある声が状況を知らせ、オレの意識を引き戻した。

「ほら、ここからが本番だよ!」
「お、おう!」

打ち合わせ通りに扉を蹴り開ける。
中にはホッとした表情のミクと、弛んだ腹の中年男。
ぶち割られた窓の傍にメイコ(足元には脱ぎ捨てられたジャスティスジャンパー)とリン。
反対側に位置するドアから押し入ったオレとカイトを含め、全てを見渡せる場所にルカが陣取り、カメラを構えている。
それらを1秒未満で確認し、カイトとオレは朗々と声を張り上げた。

「『全ては計画通り!』」
「『さぁ、オレ達の仲間をはなせ!』」
「な、なんだお前達」

展開について行けず、吃るダミ声野郎。
それはそうだろう。
突然の爆発音に加え、窓からドアから飛び込んで来た侵入者達。
しかも全員が妙なコスチュームを身につけているのだから。

「『なんだはこっちの台詞。初音ミクを返して貰いに来たのよ!』」

ダミ声野郎に指を突き付けるメイコ。
撮影用メイクを施した顔が誰のものか、その時になって男はようやく思い至ったらしい。

「お前、『レオネス』の……!? なんでここが分かった!? あの爆発もお前等の仕業か!」

「『その通りよ。言っておくけど、助けを呼ぼうとしても無駄だから』」
「『部下はやっつけちゃったもんね!』」

ついでに警報装置も解除済みだ。
カメラと男の注意がメイコとリンに向いている隙に、オレは立ち位置を移動して電話のモジュラージャックを引っこ抜いた。

「おい、そこ! 何してる!」

ダミ声野郎は襲撃者のうちの一人がビデオカメラを回しているのに気付いた。
後ろめたいことをやっていた自覚はあるのか、泡を喰った様子でルカの方へ向かおうとするのを、後ろから腕にしがみついてミクが止める。
事の次第を悟ったのだろう、『初音ミク』らしく健気に、かつ勇敢に。

「『逃がさない! 貴方が私達を侮辱したこと、私をそっちに寝返らせようとしたこと、それは事実なんだから!』」
「『彼女の言う通り。この部屋での会話も筒抜けだ。言い逃れはできないぞ』

なっ、とたじろいだ男の眼前に、ミクがポシェットから取り出した携帯を突き付ける。
あの機種は通話時間が逐一表示されるタイプだ。
カウントは1時間近い筈。居場所がバレた理由を知って、品のない顔が蒼白に染まった。

「卑怯だぞ!」

怒鳴り声。むしろ悲鳴に近い。
ブルブル震える指を突き付けられたのはカイトだった。『司令官』は悠然と応じる。

「『褒め言葉と受け取っておこう。そもそも、初音ミクを攫って監禁したのはそちら。卑怯はお互い様だ』」
「人聞きの悪い言い方はやめろ。こっちは才能に相応しい場を用意してやろうとしただけだ!」
「『ミク隊員をそっちに引き込もうとしたこと、認めたんだね!?』」
「ミ……ミク隊員?」

せっかく良い調子で会話が繋がっていた所に、ダミ声野郎が水を差す。どこまでも空気が読めないヤツだ。
そこへメイコが割って入った。

「『カイト司令官、こいつへの制裁は私が! リン、レン、ミクを頼むわよ!』」

言うが早いか走り出す。その勢いに恐れをなし、ミクを突き飛ばして逃げようとするダミ声野郎。
オレとリンは、倒れ込んだミクに駆け寄った。
ルカのカメラがさっと上を向く。
レンズの狙う方向を見ると、ソファを飛び越え応接テーブルに着地するメイコの姿があった。
まだ持っていたらしい例のノートを、まるで手裏剣か何かのように投げつける。男の後頭部を狙って。
かぁん! という、人体と紙の束とがぶつかったとは思えない音。クリティカルだ。ジャストミートだ。
よろめく男に電光石火で肉薄し、トドメの上段蹴りを決める。
美脚一閃。黒いストッキングに包まれた脚が真っ直ぐに伸びる、素晴らしい一撃だった。
倒れ込んだ男を、すかさずカイトが押さえる。

「『皆、無事だな!?』」

おう、と全員の口から声が上がる。ミクがメイコへと駆け寄った。

「『メイコ中尉!』」
「『ミク隊員、怖い思いをしたでしょうに、良く頑張ったわね。貴女の機転のおかげよ』」
「『いいえ、私もレオネスの一員ですから!』」

全力で抱きついてきたミクの髪を撫でてやるメイコ。
どさくさに紛れてメイコの胸に顔を埋めているミク。
見るからに埋めすぎだ。

「サービスカットだぁ!」

リンが小声ではしゃいでいる。オレは目を逸らした。そして後悔した。
逸らした視線の先では、頬を紅潮させたルカが片方の手でガッツポーズを作っていたので。
どいつもこいつも。
というか監督よ、業務用の集音機付き巨大カメラを片腕で持つな。

「お前……っ、うちに来る話に乗り気だったんじゃ……」

しつこく呻くダミ声野郎。
ミクはそちらを冷たく一瞥し、マイクが拾わない程度の声で「嘘だよバーカ」とせせら笑った。
そして、一瞬でヒロインの顔になる。

「『私の魂は、レオネスと、仲間との絆に捧げられているのよ!』」

芝居の台詞としては立派な内容だ。ただし、相変わらずメイコの胸に頬を擦り寄せながらの発言である。
心配して来てやったのに、ゲンキンなヤツ。
オレは呆れた。
そして、呆れ顔一つ作るのにも「今はフレームアウトしてるな」と計算している自分に気付く。
違うぞ。断じて違う。オレはこいつらの仲間だけど、同類じゃない!
同じ穴の狢という言葉を頭を振って追い払うオレの背後で、「カットォ!」という声が響いた。


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