長い髪をなびかせて、ミクは大通りを駆け抜ける。
クリスマス・イブの今日、華やかに飾り付けられた街は人で溢れている。
夕暮れ前からこの人通りでは、街路樹のイルミネーションが灯る頃にはどうなってしまうのだろう。
夜には雪が降ると予報で言っていたから、ホワイトクリスマス目当ての通行人も増えることだろうし。
もっとも、自分は電飾に光が入る頃には家に帰っている予定なのだけれど。

(だって、今日はお客様が来るんだもん)

軒を連ねる商店の中のひとつ、色とりどりのガラス瓶が並べられた店の前に目的の人影を見つけ、ミクは大きく手を振った。

あなたに輝く星ひとつ(前編)


「メイコさん! カイトさん!」

仕事柄よく通る声に、呼びかけられた二人が振り返る。

「こんにちは、ミクちゃん。お招きありがとう。もう約束の時間を過ぎてしまったのかしら」

紙袋を片手に抱え直し、腕時計を確認しながらメイコが言う。
いつもは和装の彼女だが、今日は品の良いデザインのロングコートを身にまとっていた。
落ち着いたワインレッドが良く似合っている。

「いいえ、待ちきれなくて早く着いちゃったんです。でもメイコさん達の方がもっと早かったんですね」
「私達も待ち遠しかったのよ。こちらの街もミクちゃん達のお家も、それから《くりすます》も初めてだもの」
「お陰で飲み物を買い忘れた、と」

目を細めながら二人のやりとりを見守っていたカイトが、メイコの腕から紙袋を取り上げた。
彼もまた普段とは異なり、濃紺のコート姿だった。
二人が出てきた店は酒屋だった。
袋の大きさから察するに、中身はシャンパンが2本入っているのだろう。
片方はミク達用のシャンメリーなのかもしれない。

「メイコ、そっちも寄越して」

メイコは紙袋の他にも白い布製のバッグを肩から提げていた。
それを持とうとしたカイトの手をかわし、赤いコートの裾を翻して距離をとる。

「だめよ、これは私が持つの」

中身はなんなのだろうか、バッグは目一杯に膨らんでいる。
持ち主のメイコははぐらかすように広場のモミの木を見上げ、「これが《くりすますつりー》なのね、飾りが可愛らしくて綺麗ね」と妙に楽しそうだ。
ミクが小首を傾げていると、溜息を吐いたカイトが「あの荷物の中身に関わることなんだけど」と口を開いた。

「明日の朝、君達三人の枕元にプレゼントが置いてあったら、サンタさんが来てくれたということにしておいて欲しいんだ」
「……あの、それってもしかして」

おそるおそる確認する。
カイトはもう一度、今度は深々と溜息を吐いた。

「良い子にプレゼントをくれない本職には任せておけないって、即席サンタさんがはりきってるんだよ」



話は一ヶ月ほど前にさかのぼる。
メイコとカイトのところへ遊びに行っていたミクは、クリスマスには新市街に遊びに来ないかと誘ったのだった。
二人はこのイベントを知らなかったらしく、「くりすます?」と異口同音に訊き返してきた。
聖人の誕生日で、サンタクロースというおじいさんがいて、良い子にプレゼントを届けてくれる。
知っている範囲で説明をすると、メイコは「まぁ、そんな親切な方がいるの」と笑顔になり、続けてミクにこう訊ねた。

「それで、去年は《さんたさん》に何を頂いたの?」

ミクは正直に「いえ、特に何も」と答えた。
それが失敗だった。
笑みを浮かべたまま固まり、さぁっと青ざめた顔。
鳶色の瞳の表面にじわりと浮かんだ涙の膜。
メイコの隣ではカイトが額を覆っていた。
無理もない。
彼女の醸し出す空気が「どうして《さんたさん》はミクちゃん達のところに来てくれなかったの。ミクちゃん達が良い子じゃないとでも言うの」と如実に物語っていたので。



混乱して涙ぐむメイコを「サンタさんよりメイコさん達が来てくれる方が嬉しいです!」と必死で宥めて今日に至る訳だが、どうやらミク達がプレゼントを貰えないことに関しては未だに納得できていなかったらしい。
それならば、と自らサンタクロース役を買って出てくれたメイコの優しさが嬉しかった。

「わかりました。リンちゃんとレン君にも後で伝えておきますね」
「うん、頼んだよ」

安心したようにカイトが笑う。
メイコが一ヶ月前のあの日からずっと、サンタになろうとはりきっていたのだとしたら、彼はそのことでやきもきし続けていたに違いない。

ミクはメイコの後ろ姿に視線を移し、白いバッグをまじまじと見つめた。

「それにしても大きな荷物ですよね」
「中身は見てのお楽しみだから、教えられないよ」
「……メイコさんのことだから、やっぱり手作りですよね?」
「ここ一週間だけで徹夜が三回」
「めいこさぁぁん!」
「きゃあ! なぁに、どうしたのミクちゃん」

駆け寄って抱きついたミクに困惑しつつ、温かい腕が抱きしめ返してくれた。
「えへへ、なんでもないです」とコートに顔を埋めると、頭上から「ああ」と納得したような声が降る。

「わかった。ミクちゃん、寒かったんでしょう」

メイコはそう言うと、ミクの顔を両手で包んだ。
柔らかな温もりに自然と頬が緩む。

「ポカポカです!」

ミクは答え、もう一度ぎゅうっとメイコに抱きついた。







「ミクちゃん遅いねぇ」
「さっき出かけたばっかりだろ」

何度目になるかわからない呟きに、こちらも何度目になるかわからない返事。
リースや電飾で華やかな室内とは裏腹に、いかにもつまらなさそうなやりとりだった。
ミクが戻らない、メイコとカイトがまだ来ないとぼやき続けているのはリンで、ツリーを飾り付ける片手間に返事をし続けているのはレン。
二人は「今日は人出が多くて危ないから」と、ミクから留守番を仰せつかったのだ。

「あーあ、あたしも迎えに行きたかったな」
「とか言ってサボる気だったんだろ。仕事しろよ」
「サボったりしないってば! ほら、見てよこれ!」

持っていたバインダーをばん! と叩いてリンが言う。
バインダーには一枚の紙が挟まれており、そこには『メイコちゃんとカイト君おもてなしけいかく』と書かれてある。
それはミク監修のもとリンが作成したチェックリストだった。
上から下までびっしりと、『まどをみがいてスプレーで絵をかく』だの『メイコちゃん達のおとまりセットをじゅんびする』だのという項目が書き込まれ、確認が終わった箇所にはオレンジ色のマル印。
いや、最初はマル印だったそれも、何度もチェックを重ねるうちに二重マルになり、三重マルになり、今では花マルになっている。

「あとはもう茎と葉っぱ描くしかないよ」
「やれよ」
「やるよ」
「やるのかよ」
「もちろん! だって楽しみなんだもーん」

一転して声を弾ませたリンはバインダーを抱きしめて玄関へと走った。
そこには赤と青、二組のスリッパが置いてある。
次いで洗面所に向かうと、リン達が普段使っている物と並んで新たなコップがこれもまた二つ。
中に入れてある揃いの歯ブラシを指で弾いて、にんまりと笑う。
これらの品は、メイコとカイトのためだけに用意した物だった。
『専用の日用品を揃えれば、メイコとカイトがまた遊びに来てくれるかもしれない』というリン達三人の意見が一致した結果がこれだ。
豚さん貯金箱のお腹は空っぽになってしまったが、反対に期待は膨らむばかり。
あの二人が喜んでくれたらいいな、と思う。



ミクが焼いたクリスマス・プディング。
野菜とチーズを星形にしたサラダ。
くり抜いた野菜の残りがタッパに入ってスープになるのを待っている。
一番下の段に置かれている鶏肉は、メイコが詰め物入りのローストチキンにしてくれるらしい。
キッチンで料理の準備具合を確かめていると、リビングのレンから「つまみ食いすんなよ!」と声が飛んだ。

「し、してないよ!」

ホイップクリームの入ったボウルを慌てて冷蔵庫に戻す。
こちらは見えない筈なのに、どうしてバレたのだろう。

「どうだか」
「してないってば!」
「信用できな―――うわぁっ!?」

言い合いは途切れ、レンの悲鳴と床に何かが転がり落ちる音が続いた。

「レン!?」

リビングに駆け込むと、ツリーの足元でレンが頭をさすって呻いていた。
リンと会話するために体をのけぞらせていたせいで、バランスを崩してしまったのだろう。

「大丈夫?」
「あー、なんとか……」

散らばってしまったオーナメントを拾い集める。
カラーボールもステッキも無事、最近お気に入りの白熊カオス師匠の人形も無事。
あと残っている物はと言えば。

「うわ、ヤバイ!」
「あぁっ! お星様!」

そう、一番肝心な、ツリーのてっぺんに飾るはずの星にヒビが入ってしまっていたのだ。
レンが持ち上げると、ぱきんと音をたてて完全に割れてしまった。

「どうしよう……」

もうすぐミクが二人を連れて帰ってくるのに。
じわ、と目に涙を浮かべたリンとは対照的に、レンは何故かニヤリと笑い、「なぁ」と呼びかけてきた。

「街に行けば、ツリー飾りなんかいくらでも売ってるよな」

その言葉にリンもはっとした。
そうだ、街まで行けば新しい星も買えるし、それに何より―――

「偶然、ミクちゃんに追いつくかもね?」
「結果的に、メイコ姉とカイト兄にも会えるかもな?」

二人でニヤリ。
「お主もワルよのう!」というリンの言葉を合図に、揃って家を飛び出した。







「あら、これって何かしら」

ミク達の家へと向かう道すがら、メイコが何かに目を留め立ち止まった。
彼女の目の前には簡易テントが設けられており、台の上は色とりどりの品物が積み上げられている。

「いらっしゃい、ダーツコーナーだよ! チケットと引き替えに挑戦して、的に当たれば景品をプレゼント! さぁさぁ、やっていって!」

手にベルを持った店主が威勢良く客を呼び込んでいる。
ミクはもう一度景品の山に目をやり、「あ」と声をあげた。

「師匠!」
「え、師匠?」
「ミクちゃんの先生?」

きょろきょろと辺りを見回すメイコとカイトに、ミクは「違うんです」と慌てて手を振った。

「師匠っていうのは、あのクマさんのことなんです」

言って指さした先は景品の山の頂上。
一番目立つ場所に、マイクを持ったスーツ姿の白熊が置かれていた。

「最近のお気に入りで、うちにもいくつか師匠グッズがあるんです。リンちゃんやレン君と一緒に集めてるんですよ」
「じゃあ、あのヌイグルミを獲って行ったら二人も喜ぶかしら」

目を輝かせてメイコが言う。
会話を聞きつけたのか、先ほどの店主が「あのクマは100点の景品だよ! 非売品だから頑張って真ん中を狙いな!」と声を張り上げる。
けれど、そもそもミクはチケットを持っていないのだ。
そう言うと「それなら平気よ」と笑ったメイコが、カイトの持っていた紙袋から二枚の紙片を取り出した。

「さっきお酒を買った時に貰ったの。二本分で二枚。これで挑戦しましょうね」
「でも、ちゃんと当たるかどうか……」

ミクは全く自信がない。
と、メイコが何かに気付いたような顔でカイトを見上げた。

「……カイト、的に当てるのは得意よね?」
「弓矢とはまた勝手が違うよ」
「たまに小柄も投げてるじゃない」

ね、と無邪気に言われ、カイトは苦笑しながらダーツボードの前に立った。
彼に渡されたダーツの矢は二本。
たった二回のチャンスで真ん中に当てられるだろうか。
ボードの点数は100を中心に、10刻みで数を減らし、反対にスペースを大きくしながら同心円状に広がっている。
固唾を呑んで見守るミクとメイコの前で第一投。
矢は80点のエリアに突き刺さった。

「ああ!」
「惜しい!」

二人の口から思わず漏れる落胆の声。
だが、カイトは何故か満足そうに笑っている。
コツを掴んだということなのだろうか。
続いて放った二投目は、狙い違わずボードの中心を捉えた。
ミクとメイコは手を取り合って歓声をあげた。
「おめでとう!」と鐘が高らかに打ち鳴らされる。

「クマさんだったね、持っていきな。袋で包んであげようか」
「お願いします!」
「よぉし、おまけでリボンもかけてあげよう」
「やったぁ! カイトさん、ありがとうございます! きっとリンちゃん達も喜びます」

カイトは「良かったね」と微笑むと、メイコに向かって手招きをした。

「欲しかったのはこれかな」

カイトが指し示したのは80点の景品が並ぶスペースの中の一つ。

「……気付いてたの」

手の上に乗せられたアクセサリーにメイコは目を丸くしている。
それはラピスラズリで出来たブローチで、丸く艶やかな表面に銀色の鉱物片がきらめく美しい品だった。

「ありがとう、カイト」
「どういたしまして」
「メイコさん、貸してください。つけますよ」

瑠璃色のブローチをメイコの上着につける。
間近で見た彼女の顔は本当に嬉しそうだった。

「綺麗ですね。星空を閉じこめたみたい」

ミクがそう言うと、メイコは頷いてブローチの表面を撫でた。
そう言えば、このダーツコーナーに最初に興味を持ったのはメイコだった。
きっとこのブローチが目に留まったのだろう。

―――欲しかったのなら、言ってくれてよかったのに。

「包装ができたみたいだよ」

カイトが一抱えもある包みを手にしてミクを呼んだ。

「大きいから僕が持つよ」
「すみません、お願いします。……メイコさん、喜んでくれて良かったですね」

本人には聞こえないようにこっそり告げると、カイトは「彼女にも何か良いことが起きないとね」と頷いた。
ミクも全くの同感だった。
メイコだって『プレゼントを貰って然るべき良い子』なのだから。

「じゃあ行きましょうか」
「はいっ」

メイコが差し伸べてくれた手をとり、ミクは笑顔で返事をした。

「帰りましょう、メイコさん、カイトさん」

 

 

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