あなたに輝く星ひとつ(後編)

店が並ぶ通りはさすがにごった返している。
道行く人々よりも頭一つ以上背の低いリンとレンは、はぐれないように手をつないで人混みをすり抜けていた。

「これじゃあ人捜しは難しいね」
「うう、ミク姉は正しかったなぁ」

二人して呻く。
適当な店のショーウインドウに貼り付くことで、ようやく人の波から逃れた。
小柄なおかげで身動きはとりやすいものの、いかんせん周囲を見渡すことができない。
ツリーの星はなんとか買えたが、ミク達を見つけられず、行き違ってしまったらどうしよう。
嫌な想像に襲われたリンが辺りを見回した時だった。

「……おい、リン」
「どしたの?」
「あいつ見ろよ。レジの脇にいる男」

レンが目配せした方向に注意を向ける。
ショーウインドウ越しに覗いた店の中、レジカウンターの傍らに立つ男が一人。
上着の襟を立て、帽子を目深に被り、見るからにあやしい。

「横の商品見るふりして、さっきからちらちらレジの中覗き込んでるんだ」
「ほんとだ。店員さんは気にしてないね」
「客が多くてそれどころじゃないんだろ。……あっ!」

レンが声を上げた。リンも息を呑んだ。
店員がレジ後ろの棚を振り向いた隙に、男がカウンターの中から何かをかすめ取ったのだ。
それがお金なのか物なのかはわからない。
ただ一つ、はっきりしていることは。

「ドロボー!」

リンとレンは揃って叫んだ。
良く通るユニゾンに周囲の人間が振り返る。
店員も、それから近くにいた警備員も気付いて男を追いかけようとしたが、人が多すぎて思うように動けないらしい。

顔を見合わせる。
考えていることは一緒だ。

「行こう!」

二人は同時に走り出し、人々を突き飛ばしながら逃げていく男を追いかけ始めた。







通りの向こうが騒がしい。
行き交う人が多いことや、クリスマスにちなんだBGMがそこかしこから流れていることを差し引いても。
何だろう、とミクは耳を澄ませた。
騒ぎはだんだんこちらへ近づいてきている気がする。それに―――

「ミクちゃん? どうかした?」
「何か買い忘れたのかな」
「いえ、今何か……リンちゃんとレン君の声が聞こえた気がして」

呟いたミクの目の前で、ざわざわと人垣が割れた。
そしてその向こうには。

「リンちゃん!? レン君!?」

留守番をしている筈の双子がどうしてここに。しかもあんなに息を切らせて走りながら。
驚きに声をあげたミクに、リンとレンも気が付いた。

「ミクちゃぁぁん! メイコちゃん! カイト君!」
「そいつ! ドロボー!」

レンが指さす先にはこちらに向かって走ってくる男の姿。
目をギラギラ光らせ、通行人を乱暴に突き飛ばしては「どけ!」と叫んでいる。
その勢いにミクは身を竦ませた。
頭が真っ白になって動くことができない。

と、ミクの両側で人影が動いた。
ミクを庇うように前に出たメイコと、街路樹の脇に素早く荷物を下ろしたカイト。
走り込んできた男に向かって、二人の足が弧を描く。
ばしぃっ! という音が鳴り響いた。
両足を同時に払われた男が顔面から石畳に突っ込む。
派手な擦過音と呻き声。
男は転がったまま立ち上がらない。
どうやらのびてしまったらしい。

大人二人の行動にミクはぽかんと口を開けた。
穏和に見えて意外と容赦がない。
しかも、カイトだけならともかくメイコまで。
いつもはあんなにたおやかな女性なのに。

「怪我は?」

動けないよう男の腕を捻り上げてカイトが訊いてくる。

「ないわ。ミクちゃんは大丈夫?」
「は……はい、あの、平気です。そうだ、通報しなきゃ!」
「その必要はないみたい」

そう言うと、メイコはこちらに駆け寄ってくるリンとレンの更に後方に目をやった。

「やったぁ! 捕まえた!」
「ナイス足払い!」

口々に言いながら飛び込んでくる双子の向こうに、息を切らせた店員と警備員らしき人の姿があった。







男を警備員に引き渡した後、ひとまずは大通りから離れた。
住宅街に入ったこの辺りには人通りも大きな建物もなく、暮れていく空だけが広がっている。

「危ないからお家から出ちゃだめって言ったじゃない」

ミクは帰り道の途中で立ち止まり、無謀な双子を叱りつけた。

「ごめんなさーい……」
「ツリーの飾りが壊れちゃったからさ」
「メイコさんとカイトさんがいなかったら、怪我してたかもしれないんだよ。怪我よりもっと怖い目にあってたかもしれないんだよ」

叱っている当の本人が涙目なので迫力はない。
ただ、リンとレンの罪悪感を刺激するには十分だったようで、二人はいつになくしおらしかった。
しゅんと沈んだ双子の頭に、カイトがぽんぽん、と手を置いた。
もう十分に反省していることは分かった、と言うように。

「リンちゃんもレン君も、ミクちゃんがすごく心配したってこと、わかってるのよね?」

質問ではなく確認。
メイコの優しい眼差しを受けて、双子は素直に頷く。
と、潤んだままのミクの視界を何か白い物が横切った。
ひらひらと風に乗って舞い降りるそれは―――

「雪だ!」
「わぁ、降ってきた!」

明るい声が弾ける。
現金な二人に、ミクはむう、と眉根を寄せた。
せっかちな雲が早々に雪を降らせ始めたらしい。
見上げた空は晴れ間の方が多いくらいなのだが、時間が経つにつれて北風が雪雲を連れて来るだろう。
今は目を凝らしていなければ分からない雪の粒も、次第に大きくなり、量を増していくに違いない。

「お説教はここまで。早く家に帰って暖かくしなさいってお空が言ってるのよ」

ね、と笑ったメイコが、ミクの目に滲んだ涙を拭ってくれた。

「二人とも、もう無茶したらだめだよ。約束だよ?」

ミクの両手の小指にリンとレンの小指が絡む。
約束と、そして仲直りの合図だ。

「二人とも、悪いことを見過ごさなかったのは偉いわね」

メイコに撫でられて、リンとレンの頬が緩んだ。
ミクは少しほっとした。
叱りはしたものの、やはりこの二人は笑っているのが一番だ。

「じゃあ、これは二人の正義感に対して」

そう言って、カイトは例の包みを双子に差し出した。
リンやレンの上半身をまるまる覆い隠す程の大きさの布袋。
綺麗なリボンのついたそれに、二人は歓声をあげる。

「何だこれ! でっかい!」
「貰っていいの!? ありがとう!」

まず大きさに驚き喜んでいる二人だが、中身を知ればもっとはしゃぐに違いない。
そう思ったミクは「開けるのは家に帰ってからだよ」と釘を刺した。

「はーい!」
「早く帰ろう! 早く早く!」
「そうだ、じゃあカイト君にはこれあげるね!」

これは今開けてもいいよと言いながら、リンが小さな紙袋を渡した。
中身を確認したカイトが苦笑する。
彼の手にはクリスマスツリー用の星飾りが載っていた。

「これは飾り付けを手伝えということかな」
「ふふ、身長からすれば適任じゃないかしら」

メイコが笑う。カイトが頷く。向こうではリンとレンが声を弾ませている。
こんなに賑やかな帰り道は初めてだ。
みんな一緒。
そう考えると、ミクの胸がふわふわと温かくなっていく。


「まるで流れ星でも掴まえたみたいね」

メイコの言葉で我に帰った。
彼女の視線は、二人がかりで『ご褒美』を運ぶリンとレンに向けられている。

「あのクマさん、リビングかどこかに飾るの?」
「うーん、それにはちょっと大き過ぎるような……。多分リンちゃん達のお部屋に置くことになると思います」
「あら、ミクちゃんはそれでいいの? 好きなんでしょう」
「いいんです。二人に言えばいつだって見せて貰えるし」

そう、と思案顔になったメイコが、やがて悪戯っぽい表情で微笑んだ。
黒蜜のような瞳がミクの顔を覗き込む。

「じゃあ、ミクちゃんには私が良いものをあげるわ」
「良いもの?」

一体なんだろう。
疑問に思ったミクの両目を、メイコの手が塞ぐ。

「え、え、メイコさん?」
「いい? このままゆっくり後ろを振り向いて」

耳元で聞こえる指示の通りに足をゆっくりと移動させた。
誘導に従って振り返り終わると、メイコの手がそっと外される。

そこには茜色から濃紺へとグラデーションを描く空が雲間から顔を覗かせていた。
帰り道と同じ方向へ雲が流れていく。
その、雪雲に隠れるか否かの夕日のすぐ隣。
淡い光の中に、小さな星の輝きがひとつ。
わぁ、とミクは思わず声をあげた。

「……あれ、私のですね?」
「みんな雪と電飾の灯りに夢中でしょうからね。あんなちっちゃな星ひとつ、ミクちゃんのものにしてもいいんじゃないかしら」

メイコと二人、顔を寄せて笑う。
ツリーの星もいいけれど、本物の星にはかなわない。
ミクはメイコの手を握りしめた。
それだけで気持ちが伝わる、そう信じさせてくれるような星灯りだった。

黄昏に輝く一番星。
もしも願いをかけるなら。

―――またいつか、こんな風に一緒に帰れますように。

来年も今年と同じ約束をしよう。
今度はサンタさん宛てのプレゼントもちゃんと用意して。


「ミク姉! メイコ姉! カイト兄! 早く!」
「置いてっちゃうよー!」
「寒いし腹へった!」
「あたしもお腹すいた!」

随分と離れた場所でリンとレンがミク達を呼ぶ。
二人に続くカイトが「走ると転ぶよ」と声をかけ、ミク達の方を振り返った。

「急ごうか、もうすぐ完全に日が落ちそうだ」

その言葉通り、路地にはぽつぽつと街灯がともりはじめている。
夕闇に響く楽しげな靴音。
普段よりも二人分多い。
幸せだな、とミクは思った。
大好きな人達と一緒にいて、これから楽しいパーティが始まって、明日の朝には優しいサンタさんがプレゼントを届けてくれる。
こんなに幸せなことは他にない。

「今行くわ」

応えたメイコに手を引かれ、ミクも再び歩き出した。


―――翡翠の瞳にもう一度、ミクだけの星を映して。
 

 

 

 

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