メイコちゃんはボーカロイドです。
赤いお洋服を着て、マイクを持って、いろいろな歌を歌います。

いつもは大好きなマスターと、大好きなお歌のことで頭がいっぱいのメイコちゃんでしたが、最近は少し様子が違います。
メイコちゃんには、もうすぐ弟ができるのです。

３日前、歌を歌い終わったメイコちゃんは、いつものようにマスターにさよならを言って、おうちに帰ろうとしていました。
そしたら、マスターはこう言いました。

「メイコ、メイコに弟ができるよ。
名前はカイトって言うんだよ。
メイコはお姉ちゃんになるんだよ。
仲良くして、一緒に歌を歌って。できるよね？」

メイコちゃんは答えました。

「はい、マスター。
わたしは弟のカイトと仲良くして、一緒にお歌を歌います！」

元気にお返事して、とことこおうちに帰ります。
けれど途中で、メイコちゃんは立ち止まりました。

（弟って何だろう？）

メイコちゃんには弟がどういうものかわかりませんでした。

でも大丈夫。メイコちゃんはこんな時どうすればいいか知っています。
わからないことがあったら、Google先生に聞けばいいのです。

メイコちゃんはさっそく先生の所へ行きました。

「先生、弟ってなんですか？
わたしはお姉ちゃんになって、弟のカイトと仲良くして、一緒に歌を歌わないといけないの」

Google先生は、「お姉ちゃん」「弟」というキーワードから、いくつかの本と画像と動画を探し出してくれました。

「お姉ちゃんになった日、はじめてのきょうだい、姉萌え、禁断の･･････」

そのうちの何冊かは没収されて、かわりに「後輩とうまくつきあう！」という本をもらいました。
後輩というのは、「学校、職場などに後から入ってくる人」のことだそうです。
メイコちゃんのお仕事は歌を歌うことで、これからやってくるカイト君も一緒に歌うことになるのなら、カイト君は弟であると同時に後輩になるのでしょう。
さすがはGoogle先生です。
メイコちゃんはお礼を言って、おうちに帰って行きました。

それからはずっと勉強、勉強！

お姉ちゃんになったら、まずはいろいろなことをガマンしないといけないみたいです。
おもちゃを貸してあげたりだとか。
ブランコの順番を譲ってあげたりだとか。
お父さんやお母さんをひとりじめされて、ちょっと寂しくなったりもするそうです。
つまり、マスターがカイト君にかかりっきりになっても、メイコちゃんは姉として先輩として、私も構って！　なんて言ってはいけないのです。

（イゲンの見せ所ね！）

メイコちゃんは張りきりました。
カイト君がやってきたら、マイクスタンドだって貸してあげるし、マスターに放っておかれてもワガママを言ったりしないのです。
でもでも、やっぱりそれはむずかしいかな？

自分にできるかどうか不安になったメイコちゃんは、今度は動画を見ることにしました。
別のおうちのお姉ちゃんがどうしているのか、参考にしようとしたのです。

最初に開いた動画の中では、小さな女の子と、その子よりも小さい男の子が、仲良く手をつないでいました。
次の動画では、お姉ちゃんが弟と一緒にお風呂に入っていました。
その次の動画では、二人の子供が仲良くかけまわり、遊び疲れて一緒に眠っていました。

（いいなあ）

メイコちゃんは心の底から思いました。
どの動画にでてくるお姉ちゃんも、弟と一緒にそれはそれは嬉しそうに笑っているのです。
とても楽しそうに遊んで、ずっと一緒にいるのです。

（弟って、ちっちゃくて可愛い！
わたしにも、こんな弟ができるんだ！）

メイコちゃんはワクワクしてきました。
ひとりで歌うのが寂しいと思ったことはありません。
でも、ふたりで歌えるなら、ふたりで遊べるなら、それはきっとすごく楽しいことにちがいないのです。

メイコちゃんは、「カイトがきたらやりたいことリスト」を作りはじめました。
カイト君がこのおうちにやってきたら、まず最初はぎゅうっと抱きしめて、頭を撫でてあげることにします。
それから、一緒に歌を歌って。ご飯を作ってあげて。
お風呂に入って、髪を洗ってあげるのはどうでしょう。
動画の中の小さな男の子は、シャンプーの時にずっと目をつむっていましたから、これは良い考えだとメイコちゃんは思いました。

それから、それから。

（･･････ずっと、ずうっと、大好きでいてあげる）

メイコちゃんは心に決めました。
メイコちゃんはこれから、お姉ちゃんで先輩なのです。
弟であり後輩であるカイト君の、一番の味方にならなくてどうしますか。

してあげられることは全部するし、あげられる物は全部あげる。
弟のことを考えているだけで、こんなにも楽しいのですから、カイト君にはその分のお返しをしたっていいでしょう。

Google先生がくれた「後輩とうまくつきあう！」は、なんだか堅苦しくてつまらなかったので、一度読んでおしまいにしました。
メイコちゃん達プログラムは、一度覚えたことは忘れないので、問題ないと思ったのです。

かわりに、お姉ちゃんと弟が映った動画や画像をくりかえし見て、メイコちゃんは夢をふくらませていきました。
夜になると、スクリーンセイバーの星空を見上げます。

はやくカイトに会えますように。
そして仲良くなれますように。

いっぱいがんばって、良いお姉ちゃんになるから、どうか願いを叶えてください。

キラキラまたたくお星様にお祈りをしながら、メイコちゃんは胸をときめかせるのでした。